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岡山地方裁判所 平成8年(ワ)66号 判決

甲、乙事件原告(以下「原告」という。)

甲山A子

甲、乙事件原告(以下「原告」という。)

甲山B美

甲、乙事件原告(以下「原告」という。)

甲山C夫

右三名法定代理人兼甲、乙、丙事件原告

(以下「原告」という。)

甲山D代

右四名訴訟代理人弁護士

嘉松喜佐夫

達野克己

甲、乙事件被告(以下「被告」という。)

千代田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

乙川E雄

乙事件被告(以下「被告」という。)

住友海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

丙谷F郎

乙事件被告(以下「被告」という。)

日動火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

丁沢G介

乙事件被告(以下「被告」という。)

興亜火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

戊野H作

右四名訴訟代理人弁護士

田野壽

乙事件被告(以下「被告」という。)

アメリカン・ホーム・アシュアランス・カンパニー

右日本における代表者

己原I江

乙事件被告(以下「被告」という。)

日本火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

庚崎J平

乙事件被告(以下「被告」という。)

三井海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

辛田K吉

乙事件被告(以下「被告」という。)

備前市農業協同組合

右代表者代表理事

壬岡L夫

右四名訴訟代理人弁護士

和田朝治

乙事件被告(以下「被告」という。)

安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

癸井M雄

右訴訟代理人弁護士

谷川勝幸

森安武夫

乙事件被告(以下「被告」という。)

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

丑木N郎

右訴訟代理人弁護士

中村道男

中村有作

丙事件被告(以下「被告」という。)

第一生命保険相互会社

右代表者代表取締役

寅葉O介

右訴訟代理人弁護士

中里榮治

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(甲事件)≪省略≫

(乙事件)≪省略≫

(丙事件)

1 被告第一生命保険相互会社(以下「被告第一生命」という。)は、原告D代に対し金四〇〇〇万円及び内金三五〇〇万円に対する平成八年一月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告第一生命の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(甲、乙、丙事件共通)

主文同旨

第二当事者の主張

(甲事件)≪省略≫

3 P作は、平成七年八月二八日午後五時頃、兵庫県姫路市書写所属山陽自動車道下り五八・九キロポスト先地点において、卯波Q平(以下「Q平」という。)運転の前項(二)記載の被保険自動車(以下「本件自動車」という。)の助手席に同乗中、Q平が運転操作を誤り、山陽自動車道書写第二トンネル側壁に衝突し死亡した(以下「本件事故」という。)。

≪省略≫

(乙事件)≪省略≫

(丙事件)

一  請求原因

1(一)原告D代は、P作の妻である。

(二)被告第一生命は、生命保険業を営む相互会社である。

2 P作は、被告第一生命との間で、次の内容の保険契約を締結した。

契約日 平成五年六月一日

保険の種類 「リード21」定期保険特約付・終身保険(S76)(以下、終身保険契約を「主契約」という。)

なお、定期保険特約以外に傷害特約(S72)、災害入院特約、疾病特約が付加されている。

保険証券番号 〈省略〉

被保険者 P作

保険期間 主契約の保険期間 終身

特約保険期間の終期 平成一五年五月三一日

死亡保険金額

(1) 主契約に基づくもの 二〇〇万円

(2) 定期保険特約に基づくもの 二八〇〇万円

(3) 傷害特約に基づくもの(但し、不慮の事故〔急激かつ偶発的な外来の事故で且つ、別表の事故分類項目に該当するもの〕による傷害を直接の原因として死亡した場合に限る。) 五〇〇万円

合計三五〇〇万円

死亡保険金受取人 原告D代

3 P作は、平成七年八月二八日午後五時頃、兵庫県姫路市書写所属山陽自動車道下り五八・九キロポスト先地点において、Q平運転の本件自動車の助手席に同乗中、Q平が運転操作を誤り、山陽自動車道書写第二トンネル側壁に衝突し死亡した。

4 原告D代は、被告第一生命から任意に保険金の支払を受けられないため、やむなく原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起・追行を委任し、弁護士費用五〇〇万円を支払うことを約した。

5 よって、原告D代は、被告第一生命に対し、前記保険契約に基づき、三五〇〇万円及びこれに対する履行期後である平成八年一月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、債務不履行による損害賠償として五〇〇万円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1、2は認める。

2 同3のうち、「Q平が運転操作を誤り」との点は否認し、その余は認める。

3 同4は否認する。

三  被告らの主張

1 被保険者の故意による免責(甲、乙、丙事件共通)

P作はQ平を巻き込んで自殺したものであり、本件は、保険契約者又は被保険者の故意による事故招致にあたり、被告らは、商法六四一条により又は別紙記載の本件各保険契約ないし共済契約の約款特約条項により免責され、保険金支払義務を免れる。

(一)本件事故状況の不自然さ

(1) Q平運転の本件自動車は、時速一一〇から一二〇キロメートルで追越車線を走行していたが、時速九〇キロメートルで走行車線を走行していた辰口R吉(以下「辰口」という。)運転の普通貨物自動車を追い抜いた直後、突然ウインカーも出さずに右普通貨物自動車の斜め前に割り込むように車線変更し、急ブレーキ操作(急制動)してそのまま非常駐車帯のトンネル側壁に向かって一直線に走行している。そして、本件自動車は、非常駐車帯約二〇メートル地点で、自車左前部を非常駐車帯のトンネル側壁に衝突させ、そのままトンネル側壁の湾曲部に誘導されて右斜め前向きに向きを変え、走行車線へ跳ね戻った。本件自動車の左前部が衝突するまでの間に右側から右前輪、右後輪、左前輪、左後輪の順で本件自動車のスリップ痕が残っている。本件自動車は、走行車線へ跳ね戻った後、非常駐車帯約二〇メートル地点の先約一〇・五メートル地点で、後続車(辰口運転の普通貨物自動車)と衝突し、再び走行車線左側のトンネル側壁に衝突して停止した。

(2) 以上によると、まず、追越車線のQ平運転の本件自動車が走行車線の辰口運転の普通貨物自動車を追い抜いた直後に同車の前面に割り込んだことになる。本件事故現場のトンネル内は左右に側壁が迫って暗いことから、ドライバーは普通緊張して車線からはみ出さないように細心の注意をしながら走行するはずであるのに、本件自動車は、到底正常な走行状態にあったとは考えられず、本件自動車の乗員は当然辰口運転の普通貨物自動車の存在を認識しつつ、故意にこれを追い抜き、その直後普通貨物自動車の前面に割り込んだものと推認できる。

次に、本件自動車は、辰口運転の普通貨物自動車の前面に割り込んだ直後に急ブレーキ操作(急制動)をし、トンネル側壁に衝突するまでこれを続けている。しかし、このような状況のもとでは辰口運転の普通貨物自動車が後続しているのであるから、本来追突を避けるため加速走行するのが正常な運転行動と考えられ、割り込み直後に急ブレーキ操作(急制動)をすることは何らかの故意による行動と推認できる。

さらに、本件自動車が急ブレーキ操作(急制動)をして、そのまま非常駐車帯のトンネル側壁に向かって一直線に走行しているが、トンネル側壁への衝突を回避しなければならないのにできなかったことは、急ブレーキ操作(急制動)をしながら直進を継続せざるを得ない何らかの理由があったものと推認できる。

したがって、本件自動車の一連の運転操作は到底正常なもの(Q平の自由意思によるもの)とは考えられず、助手席のP作がQ平の運転操作に干渉した(P作が突然Q平の握っていたハンドルを左に切った)ものと推認すべきである。

(3) 以上のとおり、Q平運転の本件自動車が、①何ら車線変更の具体的必要性のない状況のもとで、追越車線から突然ウインカーも出さずに走行車線の普通貨物自動車の前面に突然斜めに割り込み、②その直後急ブレーキ操作(急制動)をし、③さらにそのまま一直線に走行を続け(但し、路面に残ったスリップ痕からは右へハンドルを戻そうとした兆候も認められる。)、非常駐車帯のトンネル側壁にそのまま衝突したもので、これら一連の運転行動のすべてがQ平一人の行為の結果と見ることは不自然であり、むしろ、P作が突然Q平の握っていたハンドルを横から左に切り、その行為に驚いたQ平が急ブレーキ操作(急制動)をしつつ、右へハンドルを戻して体制の立て直しを図ろうとしたものの、P作とのハンドル操作争いの結果、立て直しを図れないまま非常駐車帯のトンネル側壁に衝突したものと考えるのが自然である。

(二) P作には自殺の動機が存したこと

(1) 本件事故前のP作の経済状態等について

P作は、昭和四七年頃、a株式会社(以下「a社」という。)に入社し、平成元年から死亡当時まで同社の資材課に配属されていた。年収は、平成元年当時約三五三万円、平成六年当時約四〇九万円で、社会保険や税金控除後の月収は約二〇万円程度であり、特に高収入を得ているというわけではなかった。

P作は、副業として瀬戸内工芸あるいはよろずやの屋号で石画等の販売を行っていたが、これはあくまで副業であり、平日会社を退社した後の空いた時間や休日など時間に余裕のある時に行っていたものであって、一点あたり約五万円から六万円で売却し、一月に約一二万円ほど売上があったとのことであるが、資金繰りには困っていたようであり、原告D代から資金約一〇〇万円を借りたが返済しておらず、また、備前焼の仕入先に対しても約五〇〇万円が未払となっていること、石画の価格も一点あたりはそれほど高くないことからして、瀬戸内工芸やよろずやによって収益を上げていないどころか赤字であったことが窺われる。

P作は、株式会社ライフや株式会社オリエントコーポレーションに対し、約二億円を超える多額の負債を負っていた。また、P作は、勤務先のa社の知人等の名義を借りて、右両社から二億円を超える借入をしており、P作の死亡後、家族が遺品を整理したところ、他人名義のライフのクレジット契約書が一〇〇通ほど出てきており、また、a社において名義を使われた被害者も七〇名を超えることが判明した。

(2) P作の保険加入状況

P作は、生命保険会社や損害保険会社等合計二〇社との間に多額の保険契約を締結しており(保険金総額六億二五四万八〇〇〇円)、月々の保険料は三〇万円にものぼっていた。そして、大半の契約が平成五年以降締結されている。このように、P作は、本件事故直前わずか二年ばかりの間に多額の保険契約を締結しているのである。

(3) 本件事故前のP作の行動

P作は、平成七年八月盆前頃、三〇年来の友人である巳上S夫と一緒に奥津、日本原方面に行き、山菜採りととうもろこし採りをしている。また、Q平の弟の法事の前日、P作、Q平、巳上の三人で奥津の旅館に投宿し、風呂に入り食事したことがあるが、いつもであればP作が支払をするところ、この日の支払はすべてQ平がしており、P作が金銭に相当窮していたことが窺われる。

本件事故の一週間程前から、P作の机の中に入っていた他人名義の預金通帳や印鑑、P作が記帳していた帳面等がなくなっており、机の中はきれいに整理されていた。さらに、P作のロッカーも片づけられており、作業服やカタログ程度しか残っていない状態であった。

P作は、本件事故の前日平成七年八月二七日の夕方、交際していた午下T子方で耕耘機を用いて畑仕事をしていた。また、同日の日中は、原告D代と新見方面に二人でドライブに出掛けているが、これはP作の普段の行動からは珍しいことであった。P作は、翌日山菜採りに出掛けると原告D代に話していた。

P作は、平成七年八月二八日の本件事故当日、午前三時か午前四時頃自宅を出て車で山菜採りに出掛けたが、友人や家族等には行き先を告げておらず、また何時の時点でQ平と合流したのかも不明である。また、この日は平日(月曜日)であり、P作は、午前八時、「今日会社を休む。」と会社に連絡を入れている。これまでP作が月曜日に会社を休んだことは皆無に近く、また、会社を休む前には必ず欠勤届を出していた。本件事故当日山菜採りに出掛けることは前から計画していたことであり、それにもかかわらず何故事前に欠勤届を出さなかったのか、既に死を覚悟していたという以外には合理的な説明がつかない。

(4) 以上のとおり、P作は、本件事故直前、支払能力をはるかに超える多額の負債を抱え、その支払資金を調達するあては全くなかった。そのように金銭的に極めて窮迫した状態にあり、既に一億円を超える保険に加入していながら、本件事故からさほど時間的に離れていない平成五年頃から約五億円もの保険に加入(本件事故前二か月の間に四〇〇〇万円もの保険に加入)しており、また、欠勤届も出さずに山菜採りに出掛けている上、既に述べたような極めて不自然な態様で本件事故が発生しており、本件事故はP作の自招事故(自殺)であると推認される。仮に、本件事故がP作が自殺を図ったと断定することまではできないとしても、前記諸事情に照らせば、P作には自殺を図る動機があり、これを疑わせる事情は十分にあるというべきである。

そうすると、原告らが縷々主張する点を考慮しても、少なくとも、本件事故をP作の予期しない偶然の事故と見ることはできず、結局、本件事故の原因がP作の故意によるものかP作の過失によるものかいずれとも断定しがたい。

そして、傷害保険契約等に基づき、傷害保険金等を請求する場合、その事故が本人の予期しない偶然のものであることは、右保険金を請求する側で主張、立証すべきであるから、その点について立証が尽くされていない本件については、原告らの請求は理由がないというべきである。

2 告知義務違反、通知義務違反による免責(甲、乙事件につき)≪省略≫

3 自殺免責(丙事件における主契約及び定期保険特約分の請求につき)

(一) P作と被告第一生命との間の本件生命保険契約は、平成五年六月一日締結され、被保険者であるP作は、その後二年以上経過した平成七年八月二八日本件事故により死亡したが、本件事故は、運転者Q平の過失による交通事故を偽装したP作の自殺行為である。

(二) 商法上、被保険者が自殺した場合、保険者は商法六八〇条一項一号により保険金支払義務を免れる。そして、被保険者が保険金を受け取るべき者に保険金を取得せしめることを唯一又は主要な目的として自殺した場合、保険金を支払うことを特約しても、そのような特約は、公序良俗違反としてその効力を否定されるものと解すべきである。

(三) 右生命保険契約における約款では責任開始期から一年以内の被保険者の自殺に限って免責事由としていることは原告ら主張のとおりであるが、商法六八〇条一項一号は絶対的強行規定ではないとはいえ、その立法趣旨である「信義則と衡平の考慮」さらに「保険の不当な利用防止」という観点からみて、被保険者の自殺が同法の右立法趣旨なかんずく公序良俗に反するような場合は、右約款の適用はなく、商法の原則に戻り、一年経過後の自殺であっても保険者は免責されるものと解すべきである。

(四) 被保険者であるP作は、①保険金受取人である原告D代に保険金を取得せしめることを唯一又は主要な目的として自殺し、しかも、②右自殺は、運転手Q平の過失による交通事故死を偽装したものであり、これらP作の行為が公序良俗に反することは明らかである。

4 公序良俗違反による生命保険契約の無効(丙事件における主契約及び定期保険特約分につき)

(一) 被保険者であるP作は、被告第一生命との間の生命保険契約締結の当初から、自ら保険事故を招来させ、保険金を不正に取得することを目的として契約を締結したものであって、これらP作の行為は公序良俗に反し、右契約自体が無効となるものと解すべきである。

(二) 仮に、契約締結時の保険金不正取得目的が認められないとしても、定額保険契約のような射倖性のある契約については、社会通念上合理的と認められる危険分散の限度を著しく超えてこれに加入することを認めるならば、自己もしくは第三者の生命を弄んで不労の利得を得ようとする者や危険発生の偶発性を破壊しようとする者が生じて、保険制度の根幹を揺るがすことにもなりかねないから、社会通念上合理的と認められる危険分散の限度を著しく超えることとなる定額保険契約は、当事者間の合意内容にかかわらず、もはや社会的に許容することのできない不相当な契約というべきであり、このような事態の発生・回避について保険契約自体に特段の取決めがなされていない場合であっても、民法九〇条の法意に照らして、その法的効果を認めることはできないものというべきである。

(三) 本件の①加入保険口数(生命保険会社四社四口、損害保険会社九社一五口、農協一社一口の計一四社二〇口)、②保険金額(生命保険一億一九一五万円、損害保険、農協四億八三三九万円の計六億二五四万円)、③支払保険料(不明分・一時払分を除き月額三一万円)、④P作の収入、資力、⑤本件事故の態様等からみて、P作は当初から自ら保険事故を招来させ、保険金を不正に取得することを目的としていたもので、本件各生命保険・傷害保険契約は無効であり、仮にそうでないとしても、平成三年以降の契約締結分は、社会通念上合理的と認められる危険分散の限度を著しく超えるものであるから、民法九〇条の法意に照らし、その法的効果を認めることができず、無効というべきである。

5 重大事由による解除(丙事件における主契約及び定期保険特約分につき)

(一) 傷害特約条項二三条一項(1)号の該当性

P作は不慮の事故を装って自殺したものであるところ、原告D代の災害(死亡)保険金請求は不慮の事故(急激かつ偶発的な外来の事故による傷害を直接の原因として死亡した場合に限る。)に基づくものではなく、右傷害特約条項二三条一項(1)号の「保険契約者兼被保険者(P作)が他人(原告D代)に給付金(災害〔死亡〕保険金)を詐取させる目的で事故招致をした場合」に該当する。

(二) 傷害特約条項二三条一項(3)号の該当性

前述したとおり、P作は、多社、多数、多額の保険契約を締結しており、これは同項(3)号の「他の保険契約との重複によって、被保険者にかかる給付金等の合計額が著しく過大であって、保険制度の目的に反する状態がもたらされるおそれがある場合」に該当する。

(三) 主約款二〇条(一)項(1)号の該当性

同号は、右傷害特約条項二三条一項(1)号と同旨であるが、その「他の保険契約の保険金」には他社(損害保険会社)の傷害保険契約を含むところ、被保険者(P作)は、原告D代に災害保険金を詐取させる目的で、故意により事故招致なかんずく自殺したものであるから、同号に該当する。

(四) 主約款二〇条一項(3)号の該当性

同号は「保険契約に付加されている特約が重大事由によって解除された場合」主契約も解除できると規定しており、前記(一)(二)の傷害特約条項記載の重大事由に当たり、主契約の解除事由に該当する。

(五) 被告第一生命は、原告らに対し、平成八年一二月一一日の本件第五回口頭弁論期日において、右各約款に基づき、主契約及び各特約を解除する旨の意思表示をした。

6 危険の著増による本件生命保険契約の失効(丙事件における主契約及び定期保険特約分につき)

(一) 商法六五六条(六八三条、六六四条)は、保険契約の成立後、保険期間中に契約締結当時に確定していた危険が増加したことについて、保険契約者に帰責事由のあるときは、保険契約が自動的に失効する旨定めている。そして、ここにいう危険の著増とは、当該危険が契約締結当時存在したならば、保険者が保険を引き受けなかったか、またはより高額の保険料を取得しない限り保険を引き受けなかったと思われるほどの大幅な危険の増加が契約締結後出現する場合を意味すると解すべきである。

なお、右危険には客観的危険のみではなく、主観的危険(モラルリスク)も含まれる。

(二) そして、経済的に破綻した者がその経済力では到底賄いきれない多額の保険料負担を伴う異常に高額な保険金の定額保険に加入した場合は、故意による保険事故招致(モラルリスク)の可能性が極めて高まるから、そのような者に関する定額保険は、商法六五六条の類推適用により効力を失うものと解すべきである。

(三) 本件においては、被告千代田火災と積立普通傷害保険契約を締結し、保険金額が六億二五四万円となった平成七年七月四日の時点で危険の著しい増加があり、かつ、これは保険契約者であるP作に帰責事由がある場合であり、また、被告第一生命がP作においてこのような多数・多額の保険契約を既に締結していること又は将来締結するであろうことを知っていたならば、生命保険を決して引き受けなかったものといえるから、本件生命保険契約は商法六五六条の類推適用により平成七年七月四日失効したものと解すべきである。

7 保険金支払時期(履行遅滞日)について(丙事件における主契約及び各特約分共通)

終身保険普通保険約款四条(保険金の請求、支払時期および支払場所)三項は「保険金は、事実確認のため特に時日を要する場合のほか、その請求に必要な書類が会社の本社に到達した日の翌日から起算して五日以内に会社の本社で支払います。」と規定している(定期特約条項三条及び傷害特約条項七条も同趣旨)。

その趣旨は「保険金については、約款所定の請求書類は保険会社の本社に到達した日の翌日から五日目が保険会社の保険金支払債務の履行期限となり、この日を途過して保険金を支払う場合は履行遅滞となる。ただし、免責事由や告知義務違反の有無等の事実関係の確認を要する場合、その確認に合理的に必要な日数分だけ保険会社の保険金支払債務の履行期が延びる。」というところにある。

本件は、被告第一生命にとって、事実の確認に苦慮する事案であり、いわば本訴を通じて事実の確認をしているともいえるので、本件口頭弁論終結時までは「事実の確認のため特に時日を要」したものというべきであるから、本件口頭弁論終結の日の翌日に保険金支払義務は履行遅滞に陥るものと解すべきである。

8 遅延損害金の率について(丙事件における主契約及び各特約分共通)

(一) 相互会社は、社員相互の保険を行うことを目的とする社団法人であって、公益法人でも営利法人でもなく、いわゆる中間法人である。相互「会社」なる名称を有しているが、商法上の会社ではない。

また、相互会社によって行われる相互保険行為は営利を目的とするいわゆる営業的商行為ではなく、したがって、相互会社は商法上のいわゆる固有の商人でもなく、擬制商人でもない。

さらに、相互会社の行う保険行為は商行為に属せず、商行為に関する商法の規定ことに商行為総則中の諸規定は相互会社の行為には適用も準用もされない。

(二) 「商行為ニ因リテ生シタル債務」の法定利率は六分(商法五一四条)であり、民法所定の年五分よりも利率が引き上げられている。これは、商人は金銭を非商人よりも有利に利用することを根拠としているので、「債務者にとって商行為たる行為から生じた債務」にのみ本条の適用があると解すべきである。

(三) したがって、被告第一生命は相互会社であり、本件保険金支払債務は、被告第一生命(債務者)にとって「商行為ニ因リテ生シタル債務」ではないから、商事法定利率(年六分)の適用も準用もない。

四  被告らの主張に対する原告らの認否及び反論

(認否)

P作と被告らとの間の保険ないし共済契約の各約款特約条項中に被告ら主張の別紙記載の各条項があることは認めるが、右各条項に関する被告らの主張はすべて争う。

(反論)

1  本件事故が、P作の自殺もしくは故意による事故招致であるとの被告らの主張について

被告らは、本件事故がP作の自殺もしくは故意による事故招致であるとして、多くの間接事実を主張しているけれども、右主張は、以下の事実から明確にこれを否定することができる。

(一) 本件事故がP作の自殺もしくは故意による事故招致でないことは本件事故状況自体が物語っている。

本件自動車の運転者はQ平であり、P作は助手席に座り、両名ともシートベルトを着用していたのであり、警察も本件事故後そのことを確認している。本件における車線変更が、たとえ第三者の目からみて危険な走行(割り込み)と見えたとしても、現実には、走行車線の後続車両の運転手であった辰口は、その時点ではブレーキペダルを踏まなかったのであるし、本件自動車がそのまま走行車線を走り抜けていたならば、最後までブレーキペダルを踏むことなく終わった旨証言している。また、本件事故直前本件自動車に追い越されたトラックの運転手であった未山U雄は、P作が、ダッシュボードに足を上げるなどしてリラックスした状態であったと証言している。さらに、本件事故当時、後続車両も多く、本件自動車に荷物は積載されてはいたが、運転席等が見える状況であったというにもかかわらず、右両証人とも、P作が運転者のQ平に何らかの働きかけをしたことについては全く指摘していない。

以上の事実によれば、本件自動車は、追越車線から走行車線へ車線変更する際、運転手(Q平)のハンドル操作ミスによりトンネル側壁に衝突し、そのはずみで走行車線に戻ったところを後続車両に追突されたものとみるべきである。

(二) 原告らは、同乗者が運転者を道連れにして交通事故を装って自殺した事例を知らないし、現実にもそのような例はないのではないかと思われる。運転者が同乗者よりも少しでも長く生存し、事故状況を証言することにより、同乗者の自殺の企図はついえてしまうからである。

また、一般に、事故時の生存率は、助手席の同乗者よりもハンドルを握っている運転者の方が高い上に、本件の場合、P作が進行方向左側のトンネル側壁への衝突を企図したものとすれば、同乗者の方がより危険である。

さらに、P作に保険金等の取得目的があったとすれば、自分自身が死亡するだけでは足りずに、運転者であるQ平の死亡も見届ける必要があろうけれども、これは現実には不可能である。

したがって、被告らの主張するような不確実な保険金取得目的の偽装事故は実際には考えられない。

(三) 世上、傷害保険金等の不正請求事案の存することは事実であるが、その企ての全ては、傷害保険契約等の契約者自身もしくは実質的な契約者が保険金等を取得することを企図した事案である。

本件の場合、傷害保険契約等の契約者であるP作は現に死亡しているのであるから、右のような不正請求事案からの推測は成り立たない。P作が傷害保険金等を手にするためには、自身は傷害にとどまると同時に、運転者であるQ平は確実に死亡しなければならないが、実際には、高速道路上の事故といえども、死亡に至らない傷害事故の方がはるかに多いのであり、右のような稀有な結果を期待してP作が本件事故を惹起することはあり得ない。

(四) P作が本件事故当時多額の負債を抱えていたことは事実であるが、株式会社ライフや株式会社オリエントコーポレーションとの取引は平成三年頃から始まっているのであり、この間、P作の債務支払が遅滞していた事実はないし、その後も支払は継続してなされているのであるから、P作に緊急に保険金等を取得すべき事情は何ら見当たらない。

2  告知義務違反、通知義務違反を理由とする契約解除の主張について≪省略≫

3  権利濫用≪省略≫

4  被告第一生命の主契約及び定期保険特約分に関する自殺免責の主張について

生命保険の普通死亡保険金は、約款では保険者の責任開始期から一年超の自殺であれば支払われる。これは一年後の自殺を決意して保険に加入するものは稀であろうし、仮に契約時に自殺の意図を持っていても一年以上これを持ち続ける者はさらに稀と考えられるからである。この約款の内容からしても、P作の死は被告第一生命との保険契約締結から二年以上経過しており、民法九〇条違反の主張は的外れである。また、右約款の内容からしても、傷害保険についても一年超の契約を問題にすべきではない。少なくとも積立方式であればなおさらである。

5  公序良俗違反の主張について

被告第一生命は、本件各損害保険、共済契約が保険金の不正取得を目的としたもので、民法九〇条に違反し無効であると主張するが、以下の事実から右主張は失当である。

(一) 契約者である保険料負担者が死亡保険金を受領するものではない。

(二) 本件各損害保険、共済契約は、前記のとおり四件を除き積立方式で貯蓄の意味を持つ保険である上、その保険料の払込期間も長い。

(三) 本件損害保険、共済契約は平成三年九月から平成七年七月までの約四年間にわたって締結されている。

(四) 本件事故以外に保険金請求をなし得る傷害は発生していないし、保険金支払請求もしていない。

(五) 本件事故は第三者の運転ミスによる事故であり、契約者であり被保険者であるP作は事故発生の原因を作っていない。

6  重大事由による特別解除権、危険著増による失効の主張について

右主張は、支払うべきでないケースについては支払うべきでないことを実質的な理由とするもので、法文や約款に直接根拠を有しないまま、保険者に強力な権利主張を許容するものであり、認められるべきではない。

7  自動車保険について≪省略≫

第三証拠関係

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一甲事件について≪省略≫

第二乙事件について≪省略≫

第三丙事件について

一  請求原因について

請求原因1ないし11の各事実、同12の事実中、P作が、平成七年八月二八日午後五時頃、兵庫県姫路市書写所属山陽自動車道下り五八・九キロポスト先地点において、Q平運転の本件自動車の助手席に同乗中、本件自動車が山陽自動車道書写第二トンネル側壁に衝突し、死亡したことは当事者間に争いがない。

二  傷害特約分の請求に関する被告第一生命の主張1(被保険者の故意による免責)について

被告第一生命とP作との間の保険契約の約款特約条項中に同被告主張の「被保険者の故意」による免責の条項があることは当事者間に争いがない。

そこで、P作の死亡が右条項に該当する同被告主張のP作の自殺行為によるものか否かについて判断するにこれを肯認できることについては甲事件において認定説示したとおりであり、右特約条項中の「被保険者の故意」によって生じたときに該当するものということができるから、被告第一生命は保険金支払義務を負わないものというべきである。

よって、丙事件請求のうち、傷害特約分の請求については、被告第一生命は、右請求にかかる保険金の支払義務を負わないものというべきであるから、右請求は理由がない。

三  主契約及び定期保険特約分の請求に関する被告第一生命の主張3(自殺免責)について

1  商法六八〇条一項一号は、被保険者の自殺の時期を問わずに一律に免責事由としているが、主契約及び定期保険特約分の約款では、自殺免責を保険者の責任開始期の属する日から起算して一年以内の自殺に限定する条項を設けていることは当事者間に争いがない。

2  被告第一生命は、被保険者が保険金受取人に保険金を取得させることを唯一又は主要な目的として自殺した場合には、自殺による生命保険の不当利用になるとして、保険者の免責を認めるべきである旨主張するので、その点について検討する。

思うに、商法六八〇条一項一号が右に述べたように被保険者の自殺を一律に免責事由としているのは次のような理由によるものと解される。すなわち、仮に自殺の場合でも原則どおり保険金を支払うとすると、保険金受取人に生命保険金を取得させることを目的として自殺覚悟で生命保険に加入し、契約後に自殺するという事例が発生する可能性があるが、そのような事例を防ぐことができなければ、生命保険が不当な目的に利用されてしまい、契約者間の衡平も保たれず、保険の運用上問題を生じるばかりか、保険会社は社会的非難を浴びることになる。また、生命保険は当事者の契約上の具体的な給付義務が発生するか否かが偶然の出来事によって左右されるいわゆる射倖契約といわれているのであるが、自殺の場合に保険金を支払わないのは、偶然の事実の経過によって事を決することを本質とする生命保険契約の性格上強く要請される信義誠実の原則に反し、また保険事故の要素である偶然性を欠くからである。

これに対し、多くの保険会社は、本件における被告第一生命がそうであるように、約款に契約日又は契約復活日から一年以内に被保険者が自殺したときは保険金を支払わないと定め、その期間経過後は商法の規定にも拘わらず自殺でも保険金を支払うことにしており、商法の規定を緩和している。

これは、次のような理由によるものと解される。すなわち、健全な保険団体を維持していくうえからは、すべての自殺を免責とする必要はなく、あらかじめ自殺を計画して保険契約を締結し、計画どおりにそれを実行するような、いわばモラルリスク的な自殺を排除すれば足りると考えられるからである。

このように契約日又は契約復活日から一年以内の自殺に限って保険金を支払わないこととしたのは、一年後の自殺を決意して保険に加入する者は少ないし、仮に契約時に自殺する意思を持っていたとしても、一年以上それを持ち続けて自殺を実行する者はさらに少ないと考えられ、したがって、責任開始日から一年経過した後の自殺は、通常は保険金取得を主要な目的とした自殺ではないと推定できるからである。また、自殺の原因は、交通事故の後遺症、治療が困難な難病、職場の問題によるノイローゼなど多種多様で、契約後の期間に拘わらず自殺というだけで保険金を支払わないのは遺族の生活保障という保険制度の趣旨に反するとも言えるからである。

これに対し、一年以内の自殺は、それが個々的に保険金取得目的の自殺であるか否かを判定及び立証するのが極めて困難であることから、その意思にかかわりなく商法の規定どおり全てを免責することとしたのである。

そうすると、右のような商法及び約款の趣旨を総合勘案すると、被保険者が保険金受取人に保険金を取得させることを唯一又は主要な目的として自殺した場合でも、自殺免責期間経過後の自殺については一律に保険金を支払うべきであるとするのは必ずしも合理的な解釈とはいえず、前述した意味での推定が働かず、被保険者が保険金受取人に保険金を取得させることを唯一又は主要な目的として自殺した場合で、しかも、自殺の具体的態様に照らし、被保険者の自殺目的を是認することが社会的に見て公序良俗に反し、あるいは契約者間の衡平を著しく失する結果を招来し、全体として商法及び約款の趣旨に反することが明らかであるような場合には、右約款の規定の適用は排除されるものと解するのが相当である。

3  そこで、このような見地から考えると、本件においては、甲事件について認定説示したとおり、P作の自殺は、同人の家族をして保険金を取得させ負債整理をすることを主要な目的として敢行されたもので、保険契約成立時には自殺による保険金取得の意図がなかったとしても、少なくとも自殺の時点では保険ないし共済契約の存在が直接的誘引となったことは明らかであり、しかも、自殺の態様としても、運転者Q平の過失による自らの交通事故死を偽装し、現に無関係のQ平をも死に至らしめるなど、公序良俗に反することが明らかなものであったのであるから、前記約款の制定趣旨に沿わないばかりか、本件において免責を認めないときには、前記商法の規定の立法趣旨にも反し、他の同種契約者との間で著しく衡平を欠き、あるいは場合によっては保険金取得目的での自殺も慫慂する結果をもたらしかねないのであって、右約款を本件に適用することは相当でないといわざるを得ない。

≪証拠省略≫の「ご契約のしおり 定款・約款」における免責事由の保険契約者に対する説明において、契約の責任開始期から起算して一年以内の被保険者の自殺が免責事由として説明される一方で、但書として、「精神病などによる自殺については死亡保険をお支払いする場合もあります。」として、責任開始期から一年以内の自殺であっても保険金が支払われる場合があることを示しているのも、本件と逆の場合についてではあるが、一年という免責期間の限定が必ずしも絶対のものではないことを示しているものとみなければならず、その意味においては、もともと約款自体も右のような解釈を想定しているものといわねばならない。

4  よって、丙事件請求のうち、主契約及び定期保険特約分の請求については、商法六八〇条一項一号により被告第一生命は保険金支払義務を負わないものというべきである。

四  結論

以上によれば、原告D代の被告第一生命に対する丙事件請求は、いずれもその余の点について判断するまでもなく理由がない。

第四結論

以上の次第で、原告らの甲、乙、丙事件請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小澤一郎 裁判官 村田斉志 山田真由美)

〈以下省略〉

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